ここのところ学生のことを考える機会がなかった。あすは、お正月休みが明けて、久しぶりのゼミがあるので、何がどうなるのだろうと考えてみた。
年末の最後のゼミで私は、「1年の基礎教養ゼミだからと言って、A4用紙1枚のレポートで良い(大学に届け出義務があるのはこれだけ)とか考えず、思うところを全部出しきる論文にしてください。枚数無制限。年明けは、それぞれが発表です!」などと高らかに宣言し、休みに入ってしまった。
ちょっと油断していたけど、その続きが明日。それで、どうしようと思い始めたのです。
私は1年生に、自分なりに関心を持ち、自分なりに解釈してもらえると良いなあと感じました。その上で、それを表現してもらう。
この中で、2か所、手助けするポイントがありそう。
一つ目のポイントは、自分なりの解釈。自分の読み取りや解釈に対して、これでよいのか不安を持つ人が多い。だいたい、自分一人の解釈なんてそれほど深くないので、それで良いとか正しいなんてことにはならないのが当然なのです。ここでは、他人の経験を聞き取って、自分が解釈すること自体が重要。そういった経験なしに、解釈の質は上がらないのですから。だからここでの手助けが必要な人については、どう解釈したの?と尋ね。うんうんと聞いてあげるという戦略をとる。そうすりゃあ、ああ聞いてくれるだけの内容を持っているのだという安心を得る。それが、次の意見を引き出すことになる。
二つ目のポイントは、自分の解釈を表現すること。一つ目のポイントよりも、この二つ目を不安に思う人は少ないのですが。実はこっちが重要。解釈をした段階で、自分は満足しています。わかったって!って。でも、どういったことから、何が分かったと思うのか。それはどうしてそのように思うのかを説明せねば、他の人に伝わらない。でも本人は自分が発見したことに喜び、他の人のことまで気が回らないものである(自分がそうである)。多くの人がここで手助けが必要(なはずだ)。うんうんと聞いた最後に、「じゃあ初めから一人で説明してみて」というと、その困難さを実感するのではないか。意地悪だがこれも必要な試練。私がしたくてしているのではないのよ。
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