2010年12月17日金曜日

アンケート

質問紙が送られてきました。
看護学実習における援助的人間関係形成能力の育成に関する調査のようです。

援助的人間関係形成能力とはなんだろう?と思って、依頼文を読むと、「みんながどうのように考えるのかを調査する」のだそうです。
なるほど。

そこで自分の考えて、このように記入しました。

看護上の健康問題や生活障害の改善に向け、対象者の意見や思いを尊重しながら、主体的に交流できる力と考えました。
意見や思いがあらわれる基盤となる相手の状況を知って、意見や思いの意味を自分なりにとらえることが必要になると思います。
こういった思考ができることで、個々の看護師にとっては、自分の看護の意味を理解することや医療チームにおけるコミュニケーションがスムースになることにつながると思います。

所要時間20分程度と書いてあるけど、20分以上かかったです。

2010年12月15日水曜日

(斉藤清二先生の)メタファーについて

私が社会に対して貢献していこうと考えた際に、大切なのはマネジメントではないかという気がしてきた。私自身が、何かの力をもち(専門知識や技術)ながら、ささやかなその力を資源にして、周囲にいる人を結び付けていく。きっと、私にその力がなければ周囲に人は集まらないだろう。その場合、結びつける人がいない。まず周囲に集める力があって、そのうえで結びつける力(集団のマネジメント力や個人のナラティブを受け止める力)が必要なのでしょう。


また、専門知識や技術は、単に方法論ではなくもっと原理的なものが良いのではないかと思う。

私にとって、一番身近に感じる専門知識や技術を支える原理は現象学的視点(自信なし)ですから、これによって導き出されるものによって周囲に人を集めることができればよさそう。

また、現象学的な視点は、相手の関心にそってその言動の意味を解そうとする姿勢でもあるので、マネジメントにも好都合のような気がする。

こういった、専門知識や技術があって、さらに他者とコミュニケーションできる場を作り出せれば、その場は人が人として成長発達できる場になるのではないか。

斉藤清二先生の、濡れた流木のメタファーは、この人が成長発達できるための環境が、生産&再生産されていく過程を表現したものと思った。

自分一人では乗り越えにくい壁にあたって、もともとの自分らしく動けない状態になったことを「濡れた」と表現し、本来できる姿を「燃えることができるもの」として、またそれは一定の場所にとどまらない性質を「流木」とし、濡れた状態から、他者が燃えるエネルギーで乾き、自分らしく動けるようになって燃え、そのエネルギーで他者を乾かし、乾いた人が燃える過程を「焚火」と表現した。

「焚火」というメタファーによって表現されるものは、人の相互作用から得られるエネルギーで、それによって乗り越えられる感覚を持たせる。それほど、生きていくことに大切なことを、人とのかかわりの中ではっきりと立ちあらわす。そんなマネジメントができればいいな。

うちのゼミは、どんなメタファーが良いか?

先日開かれた、トータルコミュニケーションフォーラム(富山大学主催)に行った。
高機能発達不均等学生への学生生活支援についてが大きなテーマ。

富山大学の斉藤清二先生を中心としたグループの取り組みは、対象者のナラティブに根ざした支援関係の構築とがあり、そのグループの発展展開に野中郁次郎先生の知識創造型マネジメント理論を活用したものであった。
また、ナラティブに根ざすという姿勢を基礎づけるのが、西條剛央先生の構造構成主義であった。

その成果は、うならされるものがある。うーみゅ。

この取り組みから自分が実践できることは何だろう。
自分も、ゼミを担当している。ゼミ生とこういった関係を作るのも悪くないな。ゼミ生のナラティブを聞く。
卒業していったゼミ生の支援も悪くない。

さて、ゼミをそういった場にする、そのためには、ゼミがそういった組織にならんとすることが、良いのだろう。
その際の駆動力とメタファーはなにが良いだろう。

斉藤清二先生の、「濡れた流木の焚火」というメタファーを、そのままいただくかな。

人によって意見が違う:関心相関性=述べている言葉や体験の意味づけの違い。

教養ゼミ:これまでを振り返る。

全体で話し合って、グループ活動で議論し、またそれを全体で話し合った。ずいぶん話し合いができるようになってきたと思います。まだ「ちょっと、気が引けちゃう」という人もいると思うけど。4年生見てて思うでしょ、「言う」ことが大切なのよ。
さて、次ですが、教養ゼミナールのレポートを書こう。試験の都合を顧みず、ハードルを上げて、無茶振りをします。

研究論文形式で書く。ゴールは、データを分析して、「自分の意見を研究結果から導き出して述べる」です。
テーマは自由ですが、今までやったことからテーマを決める。
まず、私たちは、FCさんの体験を、検討してきました。

もう一度確認ですが、話し合ったものは、FCさんのとらえ方です。FCさんがという主語を付けて読むことが大切。

さて、これらの結果から、どの点に注目しても良いので、何とかテーマを導き出してみましょう。
まずは、FCさんには、20歳代の女性とか、青年期の女性などの特性があります。さらに言えば、高校生の時にメラノーマという皮膚がんを経験しています。そのような女性ならではの受け止め方とも考えられるのです。
これで、同様に、他の人を読み込んで、比較するのも良いでしょう。例えば、「子育て中の人」を選んで読むと、何を気にするかが違うことが考えられます。また、「子育てが終わって高齢期にある人」では、また違うかもしれません。
また、初めて癌になった人と比較すると、何を気にするかが違う可能性があります。
次に、FCさんは、結構癌については受け止めている感じがしますね。受け止めきれない人はいないのか?そういった視点で他の人の語りを読んで、受け止める人と、受け止めない人の違いは何かを考えても良いです。
病気に関心が高い、低い、また、ざっと読んで、病気に関心が高い人や、病気に関心が低いが他にもいるかどうかを検討するということもありです。それぞれの、関心を持ったところでレポートテーマを設定してください。

ゼミの課題 
研究してみる
枚数制限なし(ただし最終的には、A4 サイズの用紙1枚にまとめる。まとめとして印刷
テーマ自由
提出物は論文の形式(別資料参照)

みんなうつろな表情になったけど、思いのほか、学生さんは自分のレポート作成に、前向きに取り組みそうな感じがした。

2010年10月15日金曜日

教養ゼミ3

前回に引き続き、議論する。


事前説明

話しやすそうなテーマを、Yさんが出してくれました。
男女間で友情は成立するか?

今回の目標ですが、相手の意見を受けて、自分の意見を言うことです。

前回は、自分の意見をメモしてから、全員がその意見を言うことで、意見交換会になったのですが、相手の意見を踏まえて意見を言うことが難しかったようです。そこで、今日は、意見交換をした後、他の人の意見に再度意見を重ねることで、もっと深い議論に進むことを目標にしたいともいます。
ポイントは、論点を明確にすることと、意見の根拠を意識することの2点です。


事後説明

議論は、どちらが正しいかを決めることが目的ではないです。何が正しいかを、本気で決めようとすると、パワーゲームにしかならない。その場では、気の強いほうが捨てゼリフみたくこうなんだ!って言って、まあ、これ以上雰囲気を壊したくないなあという空気を読んだ人が、黙ることで終わる。または多数決で決める。どちらも反対意見者は納得していない。
こういう対立を乗り越えて、より良い考えを見つけ出そうとする技術・つまりタフな思考力を身に付けたい。

今回してきた議論には、ポイントがありました。

友情とは何か?
その人が友情を、どのようにとらえるかによって、判断が異なります。
友情というのは、こういうもんだっていう知識は、自分で自分の中に育っています。
それはどうして育ったかというと、自分の経験を基にしているんです。

体調が悪くて授業を欠席した時に、ある人がノートを見せてくれて内容を教えてくれたり。一人ぼっちでさみしくならないように帰りを待ってくれたり、失敗しても信頼してくれるそんな経験が、友情ってこういうものだよなって勉強するんです。

それは、親や兄弟に助けてもらうということと感じ方が違う。
また、サッカー部の先輩に目が釘付けになったとか、ある男の子の前では緊張して話せないとか、気持ちもちょっと違う。
その違いが、友情とはこういうもの、家族の信頼、人に対する憧れや恋愛感情とはこういうものという、自分の体験による感覚で、学んでいくものなのです。
友情という言葉は、その人によって意味が違う。(シニフィアンとシニフィエ:ソシュールの一般言語学)

だから、経験が違う人であれば、友情とはなにかという認識は違って当然。(認識論)
その経験による、自分では言葉に表わせないような知識・認識が、意見・思考の基盤になる、根本的な拠りどころになっています。(根本仮説)

また、今の自分の関心にも影響されます。


もしね。いま彼氏がいて「その人に女の友達ができるのはいやだなあ」とか、逆に「別な子と付き合っている男の子がいるけど、自分も友達になりたい」なんと思っていると、無意識に意見に影響されることもあります。(関心相関性)

だから、自分では気づきにくい。
だから、必ず人によって意見は違う。同じ人だって、場面によって意見が違う。
だからこそ、このことを理解しておかないと、意見の違う人と分かり合えることが難しい。

自分は、このことから、このように考える。という練習と。
他の人は、何から、どのように考えるか、それはなぜかを考える練習が大切です。

「自分は、なぜそのように考えるか」を考える。
「自分の意見は正しくないかもしれない」と思う。
「他の人が、なぜそのように考えるのか」を考える。

 また、感想文を書く。

2010年10月13日水曜日

変な文章を残したいので

やせ我慢。


組織とは、その組織の外側からみると私的な組織に見えるが、組織内では公共的な存在となる。

その組織の私的な意見を、公共として発言し役割を担うことは、共同体内部に存する人間が、「ほんとうはしたくないのだがおれがやらないと誰もやらないようだからおれがやるか」とやせ我慢をして引き受ける。

公共的な私的と自分の本当の私的な理性が混ざっている人は、本来の公共性が私的であることをまったく理解できていない。公共的でないと処罰される恐怖を感じているから、他の人もその処罰を恐れると考える。

公共的な行動がとれる人は、自分の私的な理性と、公共体が外的に持つ私的な側面を意識して、公共的にふるまうことができている。

担いうるやせ我慢は、どのような我慢かによるのではないか。

S先生が、ワークショップを行うのは、やせ我慢か?
私が、N市民病院の研究相談を引き受けるのは、やせ我慢か?

この場合、公共は、組織は、どこにあるのか?何が、公共だろう?
何のためにしているのだろう?
私的な理性を、私的に使用しているだけか。ああそうか。

2010年10月8日金曜日

はじめての実習

先週から実習が始まっている。
私が勤務する学校は、3年次の後期から4年次の前期にかけて、実習を行う。
先週から始まった実習は、3年次後期生の実習であり、学生にとっては、これから1年か続く実習の一番最初である。
私が担当した学生は、みんな緊張の面持ちで、病院にやってくる。

概ね順調に進んだ実習であったが、1名かなり痛い思いをした。
自分が良かれと思った援助が患者の混乱を招き、さらにその夜に不穏になってしまうということが起きた。
混乱を招いたことで凹んでいたのに、それに加えて夜間に不穏になったということで、何をするのも怖くなってしまったのである。
その後の実習では「早く終わって欲しい」など消極的な発言もあり、それまで頑張っていたのに尻すぼみで終わってしまった。

よっぽど辛かったのだろうが、この辛さを乗り越える強さが欲しい。
また、このことを思い返し、意味をとらえなおし、次につなげることが重要であり、それが成長ってことなのだろう。

評価に悩む。今回の消極性は、減点対象にしにくい。


今日は、学内に戻って、他のメンバーや教員とも意見交換をしている。

2010年9月15日水曜日

新人看護師指導者研修の講演のこと

来月、新人看護師を指導する人、または指導者になっていく人を対象とした研修会で、講演をすることになりました。
ちょっと前から気になりだして、何を話せばよいかを考えようと思って、いろいろと本や論文を読んでいます。

新人看護師指導が難しい一つの要因に、現代若者気質(未熟、精神的に弱い)ことがあると書いた論文があり、そんなものかと、以前に読んだ「3年で辞めた若者はどこに行ったのか」を見直してみた。パラパラ。

そこには、就職したばかりの時期(1~3年とか)に会社を辞めた若者が、自分で社会を乗り切っていくような事例が紹介されている。
3年で辞めるということに対するネガティブなとらえ方を一掃するような印象を受けた。

未熟や弱さとは違うなあ。これは強い人たちの紹介でしょうか。
それとも、多くの若者は強い面を持っているけど、それがうまく発揮できないこともあると考えるといいのかな。

そこで思ったのは、新人指導で若者の強い面を引き出すように育てることは、よい方向性だと思う。
それは自我を育み、職場に定着させないことにもつながるかもしれない。
だけど、強い面を引き出して、その自我と職場が目指す物が一致して、その人が定着するのであれば、それはすごくよいことでしょう。

そのような人の割合は少ないかもしれないが、職員の流動性は、知識および技術の蓄積を生むだろうし、定着者が生じるための基盤になるのかも知れないですね。

さて、また何をお話しするとよいか、わからなくなってきた。
新人さんの強さ(自主性、自我)を信じて教育しようと言う?

2010年9月13日月曜日

夏の思い出

今年は、蝶ヶ岳に登ってきた。
朝の天気がよくて、鎗穂高連峰がとてもきれいに見渡せました。

2010年9月10日金曜日

昨日は、学内で国家試験模擬試験を実施しました。
夏休み中の学習の成果が、現われると思います。

試験後に、卒業生2名に来てもらい、国家試験受験の体験談を4年生に披露してもらいました。
みんな、卒業生の話をよく聞いていましたね。
「教員の話は聞かないけど先輩の話は聞くもの」なのかもしれません。

印象に残ったのは、
「地元の図書館は9時~21時に開館している。なので、9時に行って21時まで図書館で勉強し、家に帰って23時ころから3時頃まで勉強し、4時間寝て、朝9時にはまた図書館に行った」話とか
「国家試験対策と思って勉強していない。就職後必要になる知識を学ぶつもりだった。単に憶えるだけじゃなく、正常を理解して、疾患を理解して、その上で治療や看護がなぜそうなるのかを理解しようとした。調べる本は1冊では終わらなかった。最後に必修問題集を解いたが、それは一日で終わった」という話。

こういった話を聞くことなく、
「気分転換をするために、1月になっても少しは遊んだ」とか「夏休みが終わって、はじめて問題集を開いた」という話だけを聞いてはならない。

1日10時間の勉強をした「から」気分転換が必要であり、解剖学と生理学から、疾患と治療・看護を理解しようという学習をした「から」過去問題集に取り掛かったのが10月になったのである。

「前提条件」と「必要な行動」は切り離せない。
そこのところ、肝に銘じてね。

2010年9月3日金曜日

前回のブログのタイトルが、「7月が終わります」だったのに、今は8月も終わって、9月に突入。

さて、オープンキャンパス終了。
学報誌へ提出した原稿を再掲載。

7月24日(土)と8月28日(土)にオープンキャンパスを実施しました。今年は、例年よりも多くの来場者(2日合計で約830名)を迎えました。これだけ多くの方が来場するとは予想していなかったので、当日は至らないこともあったと思います。ご不便をおかけした方、どうもすみませんでした。
今年は、学生に活躍してもらいました。学生スタッフ数を1日あたり9名から27名に3倍増。受付案内、相談コーナー、模擬授業、キャンパスツアーの各部所に配置しました。来場者のアンケートには、「学生の対応が良かった」「学生の明るい姿を見て、良い学校だなって思った」などの感想が多数寄せられました。
オープンキャンパスの学生スタッフは、自ら応募してきた学生です。実は、予定人数をオーバーしたために、断った学生もいます。ごめんなさい。でも、大学が多くの学生に慕われていることを感じました。オープンキャンパスに参加して本学への進学意向が高まった受験生の皆さん。もし入学したら、次はあなたの出番です。

2010年7月30日金曜日

7月が終わります

早いもので、7月末。
先日、職場のオープンキャンパスがあり、過去最高の集客を達成した。
オープンキャンパスは大学のことを社会に知ってもらうイベントであるが、大学の本当のねらいは志願者(受験者)を増やすことである。

私は、今年、役割としてオープンキャンパスを担当している。
今年は、集客数が増えたのであるが。
そのり湯を「不況の影響で、手に職(資格)が得られるので、看護学科の人気が高まっている」と述べる人がある。
それでは、大学の努力とは無関係である。
もし本当に1の理由だけならば、オープンキャンパスは志望者が大学を見に来るということなので、オープンキャンパスのねらいそのものに、意味が無いことになる。
即刻開催を止めて、お金を節約した方がよい。
したがって、この発想をとること自体に、積極的意味は無い。

正しく広報活動の成果を評価しようと思えば、どんなデータが必要なのであろうか。

思ったのは、日本全体での看護学科志願者数の変化と、本学の志願者の変化を比較することである。
また、地域差をそこに加えてする。

ちなみに、代ゼミのデータを用いて読売新聞がまとめたところによると、2010年2月の私立大学の看護学科志願者は、対前年度比125だそうだ。
すごい増加率。また本学がある東海地区の全学部の志願者は、対前年度比105。
単純にかけると、131.25。
すると、本学の期待する対前年度比は、131程度であったはず。
東海地区内といっても県や市によって差があるとは思うが、この131を超えていれば、東海地区内他大学一般に比べて、志望順位が高い方であると推察する。

さて、本学の数値を見る。一般入試の出願者数。
2009年370名。2010年466名。対前年度比125.9。
131にはおよばないものの志望者数の伸び順位は、中間とみるとよいのかな。
ただ、東海地区内の看護系私立大学の中間地点。岐阜も三重も静岡も入っての数字。
ライバル校はいかに。

2010年7月20日火曜日

7月中旬の過ごし方

テレビを購入したあとの出来事。

テレビとケーブルテレビのターミナルボックス・HDDレコーダーとをHDMIケーブルで接続した。
HDMIケーブルはアマゾンで購入した。安い。

11日。町内会の役員会があった。今年度、私は、町内会の副会長をしている。

13日。N病院の看護研究研修会の講師。データ収集と分析について、基本的なレクチャーを行い、その後各部署の研究の相談対応。4Wの研究計画が、それまでと全く違っていることにびっくりした。量的研究だったのが、質的研究に変わっている。また、研究テーマが漠然としてしまっている。この期に及んで、大丈夫なのか、不安になる。テーマを絞ることを助言する。

14日。国家試験対策の会議。以前の話し合いで、成績が振るわない人に対する補講を計画した。それに対して、「成績優秀者の講義を受ける権利が損なわれている」という指摘が、どこからかあったらしい。正課の課程ではないので、権利という言葉を使うのは不適切だと思う。

15日。4Wからメール。お見事に、テーマが絞られている。ホッとする。

16日。午前。C市の生涯学習教室の講師。嚥下について話す。
終了後、すぐに大学に戻って、オープンキャンパス学生スタッフに対して、プログラムや内容の説明。
午後。卒業研究の学生がやってきた。話を聞いていると、認知症高齢者の家庭内別居状態が気がかりな様子。テーマを、『認知症高齢者の家庭内別居に関する研究』にしては?と言うと、嫌だって言われた。なんで?

17日。午後。明治村。伝説の探検家コース終了。終わってから、解けていない疑問を考える。

18日。デパートでパンツを購入。腰痛。どうにかしなきゃ。

19日。海。娘と2人で、海水浴&磯遊び。

2010年7月12日月曜日

最近の出来事をまとめる

5月より、実習指導で、外の施設に出ていることが多かった。
6月17~18日 あいち健康プラザで開催された、日本老年社会科学学会に参加。大学院のゼミの同期生たかのさんに会う。お久しぶりです。頑張っているなあ。

6月26日、質的研究WS、早稲田に参加。さまざまな研究とそれに対するコメントをたくさん伺う。私からは、あまり情報発信できなかった様に感じる。

7月2日で、今年度前期実習を終了。5日からは、広報活動に参加。
高校訪問を6校。

自宅のテレビを、液晶テレビ(東芝レグザZ1)に換えた。
Z1というネーミングが、カワサキZ900みたいで良いなあ。

2010年3月19日金曜日


昨日、ネットでキーボードを購入しました。
本日、早速届きました。

試してみたくて、いまこの記事をかいております。
不思議なのが、ミスタッチが少ないということです。

今まででしたら、ココまで入力するのに、
何度も、ウチ直しがあったんですが、
なぜか、スムースに入力できます。

2010年3月18日木曜日



昨日は、卒業式だった。
ゼミ生さんが、花とポットを贈ってくれた。
今日、自宅から花器を持ってきた。
この部屋に花を飾るなんて、初めてのことです。
いけ方がまずいのは、仕方のないことです。

2010年3月15日月曜日

週のはじめに、ボーっと考える。
昨日から今朝にかけて、野村元楽天監督の著書「野村ノート」を読んだ。
次の一文が引っかかった。

野球選手の仕事は、「野球」か「勝つこと」か、もちろん後者である。

私の教育面における仕事は、「教育」かそれとも・・・に続く言葉はなんだろう?
「100%の国家試験合格」や「100%の職場(社会)適応」かな。

昨日の中日新聞の近郊版で、春日井市内のC大学保健看護学科の初の卒業生のことが書いてあった。
それによると、卒業見込み76名のうち、69名が看護師・保健師国家試験を受験と書いてある。

7名が受験しなかったということ。未受験率9.2%。
この7名が、どういう経緯で受験しなかったのかは分からない。
成績がまずくて合格しそうも無くてあきらめているのか、それとも資格取得へのこだわりが無いのか。

もちろん、保健看護学科の単位を修得した人が、国家試験を受けなければならないことも無い。
しかし、この学生さんたちは、何を目的に大学の保健学科に入学のしたのだろう。
高校3年生の時に、看護師・保健師になりたいと、少しは考えたのではないか?
その可能性を広げてやることが教育ではないのか?

この事実は保健医療機関および高等学校の先生や生徒に、どの様に映るだろう。
今後の、C大学に注目。

2010年3月2日火曜日

最近、本(内田樹『死者と他者;ラカンによるレヴィナス』)を読んだことをきっかけに、その著者のブログをマメにチェックしている。今日、ブログを読んでいて、ふっと立ち止まってしまった箇所がある。ちょっと引用。『二泊三日台北ツァー』という題がついた文章の一部である。


台湾にはとりあえず一貫したストーリーがある。
「二つの中国」を認めない国際社会から孤立し、その否定的状況を実力ではね返して、そのプレザンスを認知させるという明確な意志が国民的に共有されている。
国共の戦いでは敗北したが、共産党と戦ったことそのものの意義について疑義を呈する台湾人はほとんどいない。
「無意味な戦いで、無意味な死者を出した」という種類のシニスムはこの英烈祠にはない。
私はそれが「いい」と言っているのではない。
私たちの国は「そうではない」ということを言っているのである。
私たちの国は戦争に負けた後「敵」を失った。
「戦いに負ける」ということと、「敵を失う」ということは別のことである。
日本はアメリカに負けた。
それゆえ、戦後日本人が採用すべきいちばん「ふつう」のストーリーは「来るべき反米攻勢の日を待ちつつ臥薪嘗胆に耐える」というものである。
そのストーリーの上に「アメリカとの歴史的和解」ということが提案されるのであれば、それは少しも困ったことではない。
矛を収めて和解する。結構ではないですか。けだし大人の風儀というべきであろう。
しかし、私たちはそういう「ふつうのストーリー」を採用しなかった。
採用できなかった。
それはあまりに手ひどく負けたからである。
「臥薪嘗胆」というような台詞が冗談でも口にできないほどめちゃくちゃに負けたからである。
「負け方がひどすぎたこと」、これが私たちの国がそれからあと世界戦略を持てずにいる大きな理由だと私は思う。
人々は好んで「原理の問題」を語るが、「程度の問題」を侮ってはいけない。あれほどひどく負けていなかったら、日本はこんな国にはなっていなかったと私は思う。
そういう点で、大日本帝国の戦争指導者の戦争遂行能力の欠如はきびしく糾弾されねばならない。



最後の2文の意味をどのように解釈するか?

全体を読まないと最後の2文の意味をとらえることはできない。
文章が強いのでこの文だけを取り挙げて解釈することは避けなくちゃいけない。
コンテキストから離れてしまうと、意味はガラッと変わる。

2010年2月24日水曜日

どうも、国家試験の自己採点の結果で、悩んでいる人が多いみたい。
過去の合格基準を、調べた。

98回(94.4%)
1.必修問題 24点以上/30点(80.0%)
2.一般問題・状況設定問題 174点以上/270点(64.4%)

97回(94.6%)
1.必修問題 24点以上/30点(80.0%)
2.一般問題・状況設定問題 180点以上/270点(66.6%)

96回(94.8%)
1.必修問題  24点以上/30点(80.0%)
2.一般問題・状況設定問題 194点以上/269点 (72%)
※1問(午前 第117問)が、「採点対象から除外する」扱いにされました。

95回(92.5%)
1.必修問題  23点以上/29点(97.3%)
2.一般問題・状況設定問題 176点以上/269点
※2問(午前 第8問、午前 第36問)が、「採点対象から除外する」扱いにされました。

94回(95.2%)
1.必修問題  24点以上/30点(80.0%)
2.一般問題・状況設定問題 165点以上/269点
※1問(午前 第92問)が、「採点対象から除外する」扱いにされました。

95回のみ、不適切問題があり、分母を29にして合格ラインを23点にしている

分かることは、回によって基準となる点が異なること。
必修問題でも、不適切問題があれば基準が変わるのね。

今年は、必修問題が50点満点、一般問題・状況設定問題が250点満点に変更になっています。
受験生の出来具合で、基準が変わるのであれば、今回どんな基準になるのかが大いに気になります。


このように微調整される基準は、いつ決定するのかな?
次の資料によると、平成21年2月に実施された、保健師助産師看護師国家試験の合否に関することは、平成21年3月13日に決定しているのがわかる。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/03/s0313-8.html

2010年2月23日火曜日

先日、保健師国家試験と看護師国家試験があった。もちろん他の職種の試験もあるのだが、私の身近な話題は保健師と看護師。
今年の試験は、昨年導入された問題形式(5者択2)による問題の増加や、必修問題と思われる設問の難易度向上など、過去の試験問題の様子から大きく変化しており、戸惑った受験生は多かったようだ。
本日、有志で集まり自己採点をしてみた。あれれ、一部の受験生が凹んでいる。どうも、予想外の展開に翻弄されて、実力が出し切れなかったみたい。
そうか。凹むのは無理も無いなあ。学校の「卒業」とほぼ同じ意味合いを持つ試験である。半年かけて準備したわけで、半端な覚悟で受験したわけではないだろう。その結果が、えッ?・・・・・。沈。
慰めようと思って「まだ決まったわけじゃないから」と言っても、「そりゃあそうだけど・・・」で終る。それ以上私にどうすることもできない。
ただね、凹んでいても、もしももしも今回は不合格でも、それでも保健師・看護師になることを応援するぞー。

2010年2月15日月曜日

先日の、研究会で報告した。RQは、特別養護老人ホームの新人介護職員は看取りをどのように経験しているかで、調査は4名の方からの聴き取りであった。研究結果を、死ぬまでの間のケアと、亡くなるときのケアという軸で、結果を表現してみた。

そこで頂いたコメントを、文字おこしした。

看取りというトピック自体がですね、非常にシリアスな問題だなっていうのが最初の言葉から読み取れて。そういった非常にシリアスで、なかなか自分の中で解決できなかったり、悶々としてるっていうことをですね、図の中でどういう風に表わしていけばいいのかなっていう観点で、私は見させてもらいました。それで、おそらく、現場ではものすごい葛藤が起こってたりするんじゃないかなあと思い。不安であったり、不満であったり、不満足であったり、不安ですね。そこに大きな動きがあるということが、実はすごく現場に近いところじゃないかなあ。最後に考察がちょっと当たり前かなとおっしゃっていましたが、非常に理路整然としてフローが見えるがゆえに、人の葛藤と言うのでしょうか、どろどろとした行き場のない思いというのでしょうか、畏敬の念というのでしょうか。そういうようなことをお載せ頂くと、近いかなあと思います。あと看取りのことについては、海外なんかだと、そういうことに宗教観が入ったりすることがあるんです。まあ、そんなことを言うのは、私が住職をしていますので、そういう気がするんですども。動きをですね、入れていただくってことは、ご本人たちの、語っていただいている方たちの目線を多くするならば、非常に有用な解釈の仕方だという風な感じがしました。すみません意見です。

すみません。関連してなんですが。同じような、何かすごくスッキリしすぎていて、どこから何か切り込めばいいのかなと思って。左右に大きく矢印が出ている中で、援助のあり方と、目標の模索という言葉になって、いるんですけども。生きている間の援助を目標をこうしようするところが何か、あの、そしてあり方を探るという言葉と目標という言葉は、全然違うようなんだけれども、両方とも一体どうやったらいいのだろうと自分に問いがあり、やってみて、さらにさらに問いをまた練り直し、やってみてっていう、なんていうか。そこが援助も、臨死へのあり方というかそれへの向かい方というのは、同じものであるような気がするんですね。そこを模索目標としてしまうところが、ちょっともったいないと言うか、ここが、実は不安や不満足とこう言い切れないような、自分を知るような何か、問い直しがずっと続いているんじゃないのかなと、だから、模索目標という言葉でなく、一つ目の矢印をもう少し違う方向にできたら、何か見えてこないのかなと感じました。

私は、最後、経験した実感をどこにおくかという話がありましたけど、私はここで、この方達が何を経験して、何を実感したのかなというのを、もう少し具体的に示されると良いかなと思いました。つまりなんか、こういう経験を通して、問題解消のための頼りとして看護職と介護職の先輩に聞くというのもありましたけど、自らがこういう経験をさせてもらって、こう、学ぶって言うか、こう、対象者から教えてもらったことってあるのかなって、想像して聞いていたのですが。こういう経験した実感って、経験することでどういうことがわかったのだろうって。亡くなった人への思いって、どういう思いだったのかなって。そこがわかると、こういう方たちのサポートって、看護職が教えるとか、介護職が教えるっていうことだけじゃない、何か、方向が見つからないかな。ちょっと漠然としたコメントで申し訳ないですが。

すみません、看護に携わっていて、新人の看護師も全く同じ体験をしていて、ヤッパリ死は覚悟してはいますけど、ショックはかはり大きくて、立ち直るまでに、かなり色々なことがるのですね。その時にですね、私が1番大事だなって思うのは、死をどう受け止めるかっていうところだと思うんです。で、それがあって初めて次の段階にいけるっていうことになるんで、何かそこがちょっと抜けていて、周りがその、整理されているのが、何かすごくスッキリしすぎているかな。ていう印象です。もしかしてお一人の中でそういうものっていうのがあったのかなって思ったりする。ダメージを受けてからまた次の仕事に出られるまで、かなりエネルギーを要するというのが、看護の場合結構あるんで、その辺どうでしょうか?


あの。全体ちょっと、伺っていて感じていることですが。語られる内容は、割とあっさりした内容だった印象。私の感じたのは、あっさりしているなと感じました。それで、多くは、「先輩こうやってって言われたことをやっていた。この期間で。自分が先輩が言われることきちんとやっていくかが主な中心課題であった。自ら自分で本当に、こういったところに、関心があるですっていいながらも、どのようなというようなと聴くと、ちょっと、漠然としていく、そんな語りだったものですから、そこにはっきりとした、意見や葛藤も、まだ生々しく出てきていないないのかなというがあります。ただここにしっかりできていない言葉で、印象に残っているのが、看取りだけ一生懸命やっていてもしょうがないですねよ。他に37人もいますし、であるとか、こことこことの葛藤というのでしょうか亡くなっていくことは仕方が無いけれども、その中でもより良い援助、身体機能を落とさない援助っていうのが、できたんじゃないのかっていうのがありました。それどこへ行っているかなっと思うと、この辺に入っているんですね。

一ついいですか。本当に亡くなっていく瞬間ていうのは、ある種人生の完了と言うのでしょうか、完成というのでしょうか。なので、失われていくと同時に、看ていく者は、何かを得ていく作業でもあるという。目の前で亡くなって、喪失していく、何か大きなものを残されていくというような感じがあって、それはですね。また語りの中でどうかというのはさておきですね。かなり、人にとっては大きなことを引き受けることになる。となると、語りの中でその心情を拾おうとするならば、なんていうのでしょう。しち面倒くさい、理解するにはかなり困難を伴うような語りであってしかるべきじゃないかなあと、感じがしてならないです。ただ、なんていうのでしょうね。なので多分、あの想像でしかないのですが、そういうことのサインは、受け止められないなあという、受け止めるのは非常に大変だったなあというようなサインは、あちこちで出していただいているんじゃないかなという感じがしてならないんですよね。すみません憶測で物を申しまして。


皆さんのコメントで共通するのは、「スッキリし過ぎ」という点。確かに。言われてみれば、こんなにスッキリとらえてしまってよいのか?という疑問もある。それで思わず、「もっとドロドロしなくちゃダメだな」なんて気がしてしまった。
 
今は、「新人看護師は看取りをどのように体験しているのか?」という問いを立てました。新人看護師さんにたまたま聞き取りができたのだけど、そのテキストを読み取る際に、このドロドロにすこしでも迫ろうと考えたのです。そこでとった策が、読書。

内田樹「死者としての他者:ラカンによるレヴィナス」には、こうある。

 私たちがレヴィナスを繰り返し読んで倦まないのは、そこに私たちが日常生活の中で経験する「ことばにならない」ような要素、「哲学的」語彙のうちに回収されることでその痛切さを失ってしまうような論件が、レヴィナスのうちには、「謎」のままに維持されているを実感するからである。

 新人看護師さんは、あーとかうーとか言っていた。分からないとも何度も言った。それは、新人看護師にとって、死および看取りは、もちろんドロドロしており、「ことばにならない」ことであり、その痛切さは表現できない物として、無限なる(他我)空間に漂っているということなのではないか。
 新人は看取りをどのように経験しているか?とは、もはや「ことばにならない」ものとして経験しているというとらえ方ができよう。しかし、それでは、あまりにおバカ的。
なので、他の人と共有するためには、何らかのことばをあてはめてみることは避けられない。ある場面の痛切さは、個人に閉じられた、固有のものである。それを、他者との間で了解可能にするには。それによって痛切さを失わせてしまうことは、仕方が無いのではないかと思う。

2010年1月15日金曜日

年明けしてから、あまり(と言うかほとんど)仕事が進まない。
本を読んでばかりいる。
ほとんど新書や文庫なのですが。

『メンタルヘルス』
『非線形科学』
『教える人としての自分を育てる』
『日本辺境論』
『ネガティブマインド』
『論理病を治す』
『分類思考の世界』
『大いなる看取り』

読んだだけで、感想も言えないくらいなのですが。

考える勉強になったなあと感じたのは、
『非線形科学』、『日本辺境論』『分類学の世界』
3名の先生方、ありがとうございました。