私が社会に対して貢献していこうと考えた際に、大切なのはマネジメントではないかという気がしてきた。私自身が、何かの力をもち(専門知識や技術)ながら、ささやかなその力を資源にして、周囲にいる人を結び付けていく。きっと、私にその力がなければ周囲に人は集まらないだろう。その場合、結びつける人がいない。まず周囲に集める力があって、そのうえで結びつける力(集団のマネジメント力や個人のナラティブを受け止める力)が必要なのでしょう。
また、専門知識や技術は、単に方法論ではなくもっと原理的なものが良いのではないかと思う。
私にとって、一番身近に感じる専門知識や技術を支える原理は現象学的視点(自信なし)ですから、これによって導き出されるものによって周囲に人を集めることができればよさそう。
また、現象学的な視点は、相手の関心にそってその言動の意味を解そうとする姿勢でもあるので、マネジメントにも好都合のような気がする。
こういった、専門知識や技術があって、さらに他者とコミュニケーションできる場を作り出せれば、その場は人が人として成長発達できる場になるのではないか。
斉藤清二先生の、濡れた流木のメタファーは、この人が成長発達できるための環境が、生産&再生産されていく過程を表現したものと思った。
自分一人では乗り越えにくい壁にあたって、もともとの自分らしく動けない状態になったことを「濡れた」と表現し、本来できる姿を「燃えることができるもの」として、またそれは一定の場所にとどまらない性質を「流木」とし、濡れた状態から、他者が燃えるエネルギーで乾き、自分らしく動けるようになって燃え、そのエネルギーで他者を乾かし、乾いた人が燃える過程を「焚火」と表現した。
「焚火」というメタファーによって表現されるものは、人の相互作用から得られるエネルギーで、それによって乗り越えられる感覚を持たせる。それほど、生きていくことに大切なことを、人とのかかわりの中ではっきりと立ちあらわす。そんなマネジメントができればいいな。
0 件のコメント:
コメントを投稿